パパーノなんなんでしょう

No.62
2005/ 5/ 8

The information is unavailable to the mortal man.
We work our jobs, collect our pay.
Believe we are gliding down the highway
when in fact we are slip slidin' away
(Paul Simon, "Slip Slidin' Away")

今回のなんなんでしょうは、
Riskology Home Page
です。


リスクをとるには

(1)連休前に

とあるお客様へ約束していたサンプルを届けに横浜へ出張で行ってきました。 前日の夜ギリギリまでかかって作ったサンプルだったのですが、残念ながら性能が十分出なかったので、 まったく気が重い出張だったのですが、リスクが顕在化して 設計が成り立たなかったので、これも仕方ありません。腹がたつことに、他社さんの試作品が 性能を十分に出せているらしく、これが採用される最後のチャンスでした。
先方も笑顔で、
「おやおや、出来てなかったんですか。困りましたねぇ。」
「ええ、昨日の晩には完全にスペックにミートしていたんですけど、朝起きて再度測定してみたら この有様です。こんなこともあるもんですねぇ、ははは。」
「理由はわかっているのですか?」
「昨日見たものが幻だったか、今日生きている私達が実は幻だとか、 寝ている間に火星人がやってきて性能の出ていない別の設計品と入れ替えたとか、 隕石が落ちてきたり、地震で研究所が倒壊したり、電車が突っ込んでくるかもしれない、と 考えた担当者が、リスク回避のために製品を入れ替えたとか、まぁ、可能性だけならいろいろ 考えることができるんですが、まだ特定できてません、はははは。」
「連絡がなかったものですから、今まで順調だと思って待っていたのですけどねぇ。 いったいどういうことなんですかねぇ?」
「くっそー、わかっているくせに、イヤミったらしく言うな!そんな簡単なものならもう出来てるに きまってるだろ!あと1ヶ月で他社の10倍はいいもの作って、他のお客様へ持ってってやるから、 覚悟しろ、そのときになって泣いて頼まれても知らないからな!バカヤロウ!」
「ふ〜ん。どうぞご自由に。」
などという会話がされたわけはなく、、 宇宙飛行士の毛利衛さんのような笑顔を見せる 冷静で動じない顔の一名と、小柄な色白で眉毛ひとつ動かさずパソコンに向かって議事録を書いている 眼鏡の若手一名と、 笑顔ですっぱりものを言ってくださるベテラン一名の計3名の方を前に、 厳しいミーティングだったことだけは間違いありませんでした。

(2)この日は

京都を9時過ぎに出るのぞみに乗って行ったのですが、このあたりは過密ダイヤで、直前ののぞみとの間隔は5分ほどしか ありません。先に出るのぞみが12番線から出発しているそのときに11番線に進入してくるという、小田急線かと 思うような状態です。なにしろ前日に福知山線で大事故が起こったばかりなので、決死の覚悟で乗り込み、車体も結構 ゆれるし、客室内は防音がきいていて、比較的静かだとはいえ、普通の電車とはまた違った轟音をたてているし、走行中、ものすごく緊張しおびえていたのか気分が悪くなり吐きそうになった、 ということもなく、いつも通りぐっすり寝てしまい、名古屋に停まったことにも気づかず、一瞬のうちに新横浜へ着きました。
天気は最高によく、新緑に輝く丘陵地帯に突如現れる近代都市へ降り立ったのでした。

(3)飛行機が怖くて

絶対に乗りたくないという人もたまにききますが、たいていの人は、
「へーん、何言ってやがんでぃ、最新の技術で作られた飛行機が落ちるわけないじゃん、 実際、交通事故にあって死ぬリスクよりもずっと小さいんだぜ」
とバカにしますし、新幹線あたりはまだ、ひょっとすると、怖くて乗れないという人は いるかもしれませんが、京阪の特急に怖くて乗れないという人はめったにいないでしょう。
しかし、考えてみれば、たとえば、夜中に京阪電車の軌道の検査をしている人が、前日に 彼女から別れ話を切り出され、けんかしてヤケ酒を飲んだうえ、オヤジ狩りにあって身ぐるみ剥がれ、 家に帰れば、ひそかに楽しみにしていたTV番組が曜日の勘違いでその日はなかったりなんかして、 目も頭もうつろな状態で、うっかりボルトが緩んでいることに気づかずに、しかも、 線路がずれていても気づかずにいたとしたら、 どうなるでしょう。
考えてみれば、このような人も含めた全体のシステムがうまく機能して始めて 安全が保証されていているわけです。ひとことでシステムといっても、 最新の技術で作られたハードウエアもソフトウエアだけでなく、これを直接操作するオペレータ、 さらにここに書いたような保守人員、それらの運用の仕組みを決める人、 細かいことを言うなら、ハードやソフトの企画立案を行ったり、要求仕様を策定した人たち、 さらに広く考えると、株主や顧客(乗客もシステムのうちです)など、すべてを含んだもの がシステムとなっているわけで、いかに安全ということが複雑きわまりないもので、あやういものか 、そう考えると、海外出張で飛行機に乗れば朝から空港でビール、2度の食事もおやつもビール、 白ワインに赤ワイン、スパークリングワインと、ベイリーズ、そしてフィンランディア、と 飲んでしまうのもムリはないと思えてきます。

(4)JR西日本の

ことについて、ずっとWhat'sNewにも書かなかったのですが、不確実な情報のまま、 あれこれ書いても仕方ないよなぁ、と思ったからなのですが、実際、どんどん いろんなことが明るみに出て、あらためてここに書くこともないくらい 新聞報道などでみなさんご存知だとは思うのですが、 こりゃ、ほんとに今まで事故がなかったのが不思議なくらいだ と思いました。うまくいったらちょうど守れる という余裕のないダイヤを組むことからして、リスク管理をどこまでしていたのか、疑わしいといえます。 リスクといったって人命がかかっているんですから。リスク管理に十分なコストをかけることは 当然ですよね(注1)。
人間に起因するリスクを考慮しないシステムを非人間的なシステムとするならば、 まさにJR西日本は非人間的なシステムといえます。そして、このシステムは、 日勤教育やボーナスカットなどというひどく人間的な部分に訴えることで、非人間性を維持しようと するのです。そして、そのひずみは、いかにも人間的な部分から破綻をし、そして、事故を知りながら ボウリング大会を中止しなかったなどの、人間的な情けなさに噴出します。
安全、と品質、そしてリスク管理、これらはどんなに技術が発達しても、それを支える 根底が人間にあることを忘れてはならないと思うのです。

(5)それにしても

このゴールデンウイークの間、皆さんはどう過ごしましたか?実家に帰ってスキーをしたり、 実家から親が遊びに来たり、気のおけない友達と気ままな国内旅行に出たり、楽しんだことと 思います。私は、というと、ちょっと飲みすぎたかな。
ほんとうは、英語の勉強をバリバリやって、マネジメントの本もバンバン読破し、専門技術に関する 論文をチェックし、スーパー・マネージャー・エンジニーアになる決心だったのですが、 惜しかったなぁ、残念だなぁ、100年かければ実現したかもしれないのになぁ、なにせ、 ゴールデンウイークは短かすぎた。
そういえば、近所にモンゴル料理のまるボーズという店 があって、連休中に行って羊丼を食べました。
意外にあっさりとした塩味で美味しかった。モンゴルの草原に 行ってみたくなってきました。大の字になって寝転んで青空を見て、そして、夜になったらきっと 満点の星が見えるはず。連休の最終日、ランちゃんを散歩につれていき、見上げた空には、 飛行機雲がいくつも見えました。

どこか遠くに行きたいなぁ。


鴨川の川辺で寝転んで、 「熊とワルツを」 (著:トム・デマルコ、ティモシー・リスター、訳:伊豆原弓、発行:日経BP社、2003年) を読みました。欧米でも悩みは共通なのだな、と思いながら時には笑い、ため息をつき、そして、 基本的な考え方がすっと頭にはいります。

リスクマネジメントを学んでおとなになろう

そのこころは、前掲書を読んでみましょう。ちょっとだけ下に引用して紹介しておきますけど。 (注3
お勧めです。


4コママンガ<ハムとラン> とキャラのページ
(c)Shimamura,T
トップページ  パパーノ Index  メール  hardy@max.hi-ho.ne.jp

注1)安全対策

にかける設備投資だけではありません。ダイヤに余裕を持たせると競合する私鉄に客を奪われる可能性が あり、さらに、列車の本数や連絡する本線のダイヤにも影響を与えるので、これもコストアップ要因 になると見ることができます。 しかし、リスクが顕在化したときに、かえって大きな代償を払うことになるのは火を見るより 明らかです。
これは、開発業務のスケジュールに対する考え方にそのまま置き換えることができます。

注2)実は、私は

これまで、マスコミはいったい何をしていたのだろう、という思いも強く持っています。
事が起こってから大騒ぎをする。
ベテラン運転手にきいてもムリがありそうなダイヤを組んでいて、速度超過は日常茶飯事、 勤務体系にもムリがあり、定時運行を破ったときの罰則や日勤教育の中身など、きっと、 つかんでいただろうに。
「速いし接続もいいし、便利になったし、JRが儲かるってことは、 結局のところみんなの利便性につながるわけだしな。ちょびっとは問題あるけど大丈夫なんちゃう。なにせ、 今までのところ大きな事故はおこしてないし。」
私も含めてこのような意識があること、ここに問題の根本があると思いませんか?
これからの、補償問題なども、JRが補償して経営陣が退陣して謝罪して、そして、また、 同じ構造が未来にわたって続いていくのかと思うと、子供が末永く健康で無事でいることを 祈らずにはおれません。

注3)リスク管理はおとなのプロジェクト管理だ

ふざけているわけではない(いや、すこしはふざけているが、真実でもある)。おとなの決定的 ともいえる特徴は、些細なことから大異変まで、人生の不愉快な出来事に立ち向かう意思があることだ。 ちいさな子供は、核戦争、環境破壊、誘拐、無常な搾取、不正の蔓延などについて考えなくてもよい ことになっている。しかし、その子供の親であるおとなは、こうしたことに留意し、少なくとも、 子供が当面それらを無視していても悲劇が起きないように注意する必要がある。不愉快な現実に 直面する必要があるのだ。それがおとなになるということだ。
熊とワルツを」 (著:トム・デマルコ、ティモシー・リスター、訳:伊豆原弓、発行:日経BP社、2003年、p.15)