パパーノなんなんでしょう

No.8
2003/4/30

We always did feel the same.
We just saw it from a different point of view.
(Bob Dylan, "Tangled Up In Blue")

今回のなんなんでしょうは、
フィリップ・K・ディック、浅倉久志訳、「ユービック」、早川書房(早川文庫)(1978)  
 or PhilipKDick.com
です。


ユビキタスネットワーク社会

(1)先日

関東方面へ出張しました。新幹線から乗り換えた在来線でのことです。大学生くらいで地味な服装の細身の 女性が私の隣に座りました。色白でやや緊張した面持ちで、バッグから数枚のレポート用紙を取り出し 繰り返し何べんも見直していました。レポート用紙には、青のボールペンで面接の想定質問が数問づつ書かれていて、 それぞれに鉛筆で回答が書いてあるようです。時折、同級生の記念写真らしい写真を何枚か取り出して、眺めます。 某外語学院の生徒のようです。外資系の会社に、リクルートの面接を受けに行くところ なのでしょう。
実は、私はあるユーザのところへ叱られに出張に行くところだったので、大変に緊張し、私こそ、顔面蒼白の状態 だったのです。きっと来年には社会人になるだろう、その不安な気持ちを思いやると、 こんなことではいかん、自分もしっかりしないといかんなぁ、と 自分の気持ちを奮い立たせ、勇気百倍、先方に乗り込みました。
出張の成果はというと、案の定、ニコニコしたユーザに絞られました。その上、どう出張報告をしても上司に絞られそうな 事態になり、しょんぼり帰ることになってしまいました。ま、少なくとも「パパーノなんなんでしょう」のネタはみつかった ことだしヨシとするか、と気持ちを入れかえて新幹線で早めに帰宅しました。
面接はうまくいったのでしょうか。就職活動中のみなさん、頑張ってください。

(2)ところで

想定質問に対する回答を考えようとすれば、今はやっているキーワードを調べることになることでしょう。 電機や通信関連のメーカに就職を希望している人ならば、「ユビキタスネットワーク社会」という言葉に ぶつかるはずです。
例えば 「ユビキタスネットワーク時代のくらしを拓く」〜松下電器・中村社長
でも「ユビキタス」ってなに、って思っている人も多いことでしょう。 もともとユビキタスを提唱したWeiser氏(故人だそうです)の ホームページ、 または坂村健氏の インタビュー記事などを見ると、意味するところがはっきりすると思います。携帯電話をはじめとして、 無線LANのアクセスポイントも増え、いつでもどこでもネットワークに接続できるように今でもなっています。 これからはさらに進んで、通信をして情報をやりとりできる米粒ほどのマイクロチップが、ありとあらゆるものに埋め込まれる日も 近いのです。人間も例外ではありません。ネットワークとのインターフェースを備えた人間が標準になる 日が来るのです。インターフェースは画像、文字、音声、そして味覚、触覚で与えられることでしょう。脳に直接埋め込む こともあるかもしれません。

(3)SFファンの一部には

ユビキタスと聞いて、語源も意味もすらすらと言える人もいるはずです。フィリップ・K・ディックの書いた 「ユービック」を知っている人ならば。フィリップ・K・ディックは1950年〜1970年に大量の著作を残した SF作家です。有名なのは「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」、「火星のタイムスリップ」、「高い城の男」、 など、何をもって有名というか疑問ではありますが、数えるとキリがありません。 映画の原作もあります。「アンドロイド..」は「ブレードランナー」の原作、「模造記憶」は「トータルリコール」 (シュワちゃん主演)の原作、「マイノリティ・リポート」(トム・クルーズ主演)といった具合です。
なかでも、「ユービック」は私のお気に入りです。主人公のジョー・チップと超能力者の超能力を中和してしまう不活性者達、 時間を逆行して現実を変えることのできるパット、月へ乗り込んだ彼らは、敵のしかけた罠にあえなくはまって彼らのリーダー のランシターを失ってしまう。 それから、彼らは、時間が退行してしまう世界をさまよい、一人一人死んでいく。次第に、実は死んだのは彼らのほうで、 冷凍されて半生状態にあることがわかってくる。彼らの生命を奪っていく力と、それに対抗する力とが次第に明らかに なってきます。生命の衰弱に対抗する特効薬 が「ユービック」です。
月で爆弾によって攻撃されるところまでは、パットが作る複数の時間軸がそのまま、物語に 混乱を与え、その後は、どんどん崩壊していく現実がさらに混迷の度を深め、理解が大変難しいのですが、 しかし、読む人は、どこかで気が付くでしょう。
これは、自分自身の物語なのだと。

最近、「ユービック・スクリーンプレイ」という映画のシナリオ版が邦訳(やっぱり浅倉久志氏の訳です) されて早川書房の早川文庫から出版されました。(2003年4月15日発行) 活字も大きいし、セリフが中心です。もとの「ユービック」より読みやすいので、お勧めです。

(4)現実とはなんだろうか

、という問いは深刻で、しかも考えること自体が面白い問いです。自分が、この世界の中で、何者かである、というのは どうして確立できているのでしょうか?今の自分と少し前の自分と同一だ、とどうして言えるのでしょう? 私達は、この世界に放り込まれ何とか生きているけれど、どんな理不尽なことが起きるかわかりません。 普段、平凡な日々を暮らしているけれど、VXガスをかけられるかもしれないし、 輸血を受けただけで、AIDSになるかもしれない。米軍のミサイル攻撃をうけるかもしれないし、しかし、バグダッドの 市民は選んでフセイン政権のもとの現代のイラクに生まれ育ったわけではありません。そこに生まれたのは あなたかもしれないのです。自爆したパレスチナ人、巻き添えで死んだイスラエル人...。 戦場に送り込まれたら、やるしかない、引き金を引かなければ自分が死ぬ。それが一兵卒の義務だ。 と米軍兵士は言ったそうです。 その人に罪はないかもしれない。その人はきっと良い人でしょう。しかし、戦場に送ったのは国家であり、そんな世界 なのであり、そして、私達はそんな世界に生まれたのです。
なんで効くのかわからないけど、喘息で苦しければ気管支拡張剤を使う。朝起きたら、呼吸困難で、駅の階段を 一歩一歩上る、顔がゆがみ汗がしたたり、階段の上の通路をにらみながら。 それでも私達は生きていく。何のために?

(5)何のために仕事を

しますか?と若手の技術者に真剣に問いかけられたときがあります。私は即座に「お金のため」と 言って失笑を買いました。まぁ、ちょっとしたポーズですよ。
それは兎に角、技術者は現実の物体を制御して、現実の何かを作り上げ、現実の誰かに売らなければなりません。 技術者は究極のリアリストでなければならないのです。でも、現実は厳しい。
今のひどい現実を、少しでもよい現実に変えるのはもっと大変です。でも、私たちは努力しなければいけません。 いつ、自分、あるいは自分の愛する人の上にミサイルが落ちてくるかわからないからです。それは、不意に 、あるいは、じわじわと、自らの意思とは関係なく、目の前に現れます。 厳しい現実に負けないための何か(ユービック)が必要だと思いませんか?
しかし、小説の中の「ユービック」は退行して、見つけても役に立たない塗り薬になっていたりします。 主人公のジョー・チップは、生きている人の世界にいるランシター社長から最初の一本を手に入れることができ、 次は、強く念じることによって、未来から呼び寄せることができました。

何のために仕事をしますか?きっと、就職活動の面接や、昇格候補試験の面接でも訊かれることでしょう。 悩んでいても、おくびにも出さないように気をつけてください。「そもそも、あなたの現実と私の現実が同一 なのでしょうか?」なぁんて言いはじめたら、一発で落ちること請け合いです。
スパっと、 「自分の仕事を通じて世界の発展−環境に配慮しながら、持続的な成長を続けることが肝心です−に貢献し、 貧困をなくし、人類の心を慈愛で満たし、やがて来る人口爆発の時にスムースに他惑星へ移住する 、そんな人類の未来に少しでも貢献できれば本望です。」と答えましょう。
ま、 何を言っても受かる人は受かるし、落ちる人は落ちます、あまり真にうけないように、って全然励ましになって ないじゃないか。


何のために、をこう言い換えましょう。誰のために。
その先はちょっと恥ずかしくて言えないな。

君はどの星になりたい?

ロマンを忘れないようにしようではありませんか?

  回を追うごとに、だんだん堅苦しく、読みにくくなってきました。今回は、全部読んだ人がいるだろうか? 次回は、もっとやわらかくする予定です。えろう、すんまへんなぁ。



追記
(1)ユビキタスネットワーク社会と聞いて私が想像してしまうのが、着るたびに、あるいは、畳むたびに、 ネットからダウンロードした広告をしゃべる洋服とか、開けるたびに、ネットに接続して 本日のお買い得情報を発声するドアとか、そういった社会です。テレビやインターネットで 現在起こっている広告ビジネスが、きっともっと、人間に密着した形で普通にある(ユビクイティ)ようになるでしょう。 新幹線の窓から見える田んぼの真ん中に立っている広告がもっと身近になる、とも言えます
(2)ユビキタス、この言葉は、数年前から日本でもカタカナ化され、最近では、かなり市民権を得ているようです。 国立国語研究所調べでは定着度25%。第2回の言い換えの検討対象語 にあたっています。日本語に言い換えても、本文にリンクした人たちの概念や考えを理解しなければ、 一緒ですよね。彼らが発明した言葉とも言えるのだから。 このような術語ならまだしも、普通名詞としては、該当する名詞と対応する実態があってそれと関わった個々人の 経験のうちに始めて 理解が得られることも多いから、言い換えたって同じことじゃないかな。トレーサビリティを「履歴管理」、って言い換えてもね、 判ったつもりになれるだけ。 逆の例を出すならば、携帯電話がケータイとなって 定着するのは極めて自然なことと思えるのです。言い換えるように決めたからと 言って、定着しないと 思うなぁ。「E電」って知ってます?
(3)話が完全にそれました。「ユビキタス」の意味でしたね。 意味を調べると、やっぱり耳慣れない言葉だからか、語源から説明があることも多いようです。 ラテン語を語源とし、「どこにでもある」「遍在する」という意味 だ、ということです。神は、局在した存在(例えば「人」の姿)としてこの世にあるわけではなく 、この世の中でありとあらゆるものがすべて神の意思の現れであって、神はありとあらゆるところに 同時に存在すると言える。よく、どこに神がいるのか、いるなら見せてくれという問い を発する人がいるが、この問いはナンセンスである、すべてが神の現れなのだからということらしいのですが、 まあ、私たち日本人にはちょっと理解しがたいものがありますよね。 商売の神が遍在しているってのは認める、って茶化したくなりませんか? でもね、ユビキタス、ってカタカナになればこっちのものです。 もう、リッパな日本語ですから、なんでもアリです。


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